第十一番 放光山 西来寺 東海近畿地蔵霊場会

地蔵霊場巡拝ごあんない 東海近畿地蔵霊場会

第十一番 天台真盛宗別格本山 西来寺

放光山 地蔵寺

縁起真盛上人(円戒国師・慈攝大師)は御年48才の延徳2(1490)年初めて安濃津に御巡化になり、大門観音寺で説教された。上人の教化に感動した人々が上人の止住を願い、阿漕の海岸近くに一宇を建立し上人に奉った。上人はこの寺を西来寺(せいらいじ)と名付け不断念仏の道場とされた。同年4月龍神寄進の浄財と巨木で佛殿を建立した。

八年後明応の大地震があり西来寺は大被害をうけたので柳山に移転し壮大な寺院を再建したが、織田信包(のぶかね、信長の弟)が城主となり安濃津の町を阿漕から城下へ移転した。西来寺も城主の計画に従い城下へ移転した。

慶長5(1600)年関ケ原戟がおこり、その前哨戦で西軍が津城を攻撃し西来寺を陣所としたので城兵が西釆寺に火を放った。その火は町屋まで延焼し西来寺は山門だけを残しほとんど焼失した。

翌慶長6年乙部の土地百聞四方を城主から下附され約100年かけて大伽藍を建立した。

第二次世界大戦の終戦18日前、昭和20年7月28日夜半焼夷弾空襲により津市街の8割が焼失し、西来寺一山も灰燼に帰した。ところが、西来寺一山の御本尊を納めた木造の宝蔵庫のみ不思議に焼失をまぬかれた。

終戦後間もなく仮本堂を再建したが破損が甚しくなったので、平成5年現在の本堂本坊を再建した。戦災復興計画により墓地は移転し境内地は戦前の3分の1程度になった。現在境内に塔頭寺院八院と龍宝幼稚園がある。

交通JR・近鉄津駅下車、三交バス三重会館下車 フェニックス通りを東へ徒歩5分

津インターから4km 境内駐車可

〒514 - 0016 
三重県津市乙部6番14号 西来寺事務所
電話 (059) 226 - 6860

地図